日本が超高齢化社会を経て「多死社会」へと突入したことを象徴するような暗いニュースが、都市部を中心に深刻化している「火葬場不足」と「葬儀難民」の問題であり、亡くなってもすぐに火葬ができず、一週間以上も待たされるという異常事態が常態化しつつある現状には衝撃を受けざるを得ません。特に人口が集中する東京や神奈川などの首都圏では、火葬炉の稼働率が限界に達しており、遺体安置所の冷蔵庫も満杯で、自宅でドライアイスを使いながら長期間遺体を安置しなければならない遺族の精神的・経済的な負担がニュース番組の特集で度々報じられています。これに対応するため、これまで休業日とされていた「友引」の日にも火葬場を開けて稼働させる自治体が増えているというニュースは、迷信や慣習よりも現実的な処理能力を優先せざるを得ない切迫した状況を物語っており、行政サービスの限界を露呈しています。また、この火葬場不足に乗じて、民間の火葬場が料金を大幅に値上げしたり、火葬枠を確保するために葬儀社間で熾烈な争奪戦が繰り広げられたりといった弊害も生まれており、死という厳粛な出来事が需要と供給のバランスによってビジネスライクに処理されていく様に、やるせない感情を抱く人も多いでしょう。さらに、火葬場不足は新たなビジネスも生み出しており、火葬までの期間、遺体を預かる「遺体ホテル」と呼ばれる施設が増加しているというニュースも話題となりましたが、住宅街にそのような施設ができることに対して近隣住民からの反対運動が起きている様子も報じられ、死を社会の中でどう受け入れ、どう共存していくかという重い課題を私たちに突きつけています。今後、死亡者数はさらに増加のピークを迎えると予測されており、火葬場の新設も近隣の理解を得るのが難しく進まない中で、私たちは「死んでも焼かれない」かもしれないというリスクを直視し、土葬への回帰や、より効率的な火葬システムの開発、あるいは葬送儀礼そのものの簡素化など、社会全体でこの未曾有の事態に対する解決策を模索していかなければならない局面に立たされているのです。
多死社会の現実と火葬場不足のニュース